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ある光景

対馬に帰ってきて働くようになってから、職場への道に気に入った光景がある。

小さな古い木造住宅にお爺さんとお婆さんが住んでいて、隣の建物との間にほんの少しの庭がある。手入れなんかされていなく、季節ごとに草が繁ったり、枯れ草になったり・・・。小さくてもすごく日当たりは良くて通るときいつも光が射していた。

その小さな庭にはよく猫がいて、この十数年必ずといっていいほど前を通るときにはその猫達を見るのが癖になった。光の庭の中で、お婆さんがゴハンをあげていたり、近所のお婆さんたちと猫をなでながらお話している光景は通りすがりの私の心を和ませてくれていた。雨の日には、縁側のダンボールの箱の上なんかに、数匹いたりして本当に可愛いかった。約十年の間には子猫が生まれたり、昨年は事故か何かで前足が折れてあまり動けず、ひなたぼっこをしているのが、よく目に付いた。

だんだん、猫の数が少なくなってちょっと心配になっていたこの頃。

あの前足の悪い猫を2,3日見かけない気がして、お昼休みに写真を写すついでに少し足を延ばして、はじめてその庭へ行ってみた。

猫はいなかった。

庭の隅にみかん箱が置いてあり、その上に薄い色紙があり「猫の死体」と書いてあるのを見つけてしまった。

猫が気持ち良さそうにうずくまっていたその場所に、真っ白いタンポポが1輪咲いていた。

猫のお葬式にお供えするみたいに、咲いていてくれて、タンポポに「ありがとう」って思った。猫とお婆さんの写真を撮ることは、もうできない。でも、瞼に焼き付いているその光景。

猫がいなくなって、その場所はとても淋しい景色になった。